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横浜地方裁判所 昭和61年(行ウ)20号 判決

原告

岡田權藏

右訴訟代理人弁護士

野田房嗣

追浜公共職業安定所長訴訟承継庁

被告

横浜南公共職業安定所長加藤宏

被告

右代表者法務大臣

梶山静六

右被告ら指定代理人

波床昌則

武田みどり

井上邦夫

宮路正子

原敏之

毛利深雪

菅原英夫

土屋喜久

小玉尚志

坂間公男

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  追浜公共職業安定所長が、原告に対し、昭和六一年八月一日付でした原告を失業者就労事業紹介対象者から除外する旨の処分を取り消す。

二  被告国は、原告に対し、六〇万円及びこれに対する昭和六一年八月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、公共職業安定所長が、原告を失業者就労事業紹介対象者から除外した行為が違法であるとして、同所長に対し、その除外行為の取消しを求めるとともに、違法な除外行為により精神的苦痛を受けたとして、国に対し、国家賠償法に基づきその精神的苦痛に対する慰謝料五〇〇万円、弁護士費用一〇〇万円合計六〇〇万円のうちの六〇万円の支払を求めた事案である。

第三争いのない事実

一  失業対策事業(以下「失対事業」という。)に就労する労働者は、公共職業安定所(以下「職安」という。)において紹介することが困難な技術者、技能者、監督者その他労働省令で定める労働者を除いて、職安の紹介する失業者でなければならないし、職安が紹介する失業者は、職安所長が指示した就職促進の措置を受け終わった者で、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもの等の要件を充たすものでなければならないとされている(緊急失業対策法(以下「失対法」という。)一〇条一、二項)。

二  本来、職安による失対事業への紹介は、就労各当日にその都度するものであるから、職安としては紹介の都度個々の求職者について紹介を受ける要件を有するか否かを審査すべきであるが、早朝の短時間に集中する多数の求職者について個々にその審査をすることは事実上不可能である。このため、職安においては、求職者について予め一般的にその要件の有無を審査し、要件を備えていると認められた者を紹介対象者と称して他の求職者と区別し、紹介対象者に対しては、事業現場へ直行する利便、事業主体の人員配置計画の利便等を考慮し、一暦月間分を一括した長期紹介票を交付する取扱いをしている。

三  従前、失対事業の対象者については、年齢に関する特段の規制はなかったが、昭和三八年に雇用審議会の答申等を踏まえ職業安定法及び失対法の一部改正が行われ、中高年齢失業者を対象とする中高年齢失業者等就職促進制度が創設されるとともに、従前の失対事業が、通常の労働能力を有する者に対する「失業者就労事業」と、六〇歳以上の者及びこれと同程度の体力の者を対象とする「高齢失業者等就労事業」とに分けられた。

労働省は、後者については、失業者の新規流入を含めた一般的制度としてではなく、「失業者就労事業」から移行する失業者だけを対象とするものとして実施したが、昭和四一年度から失対事業の対象を、道路新設などの高度な工事(第一種工事)、道路補修などの中程度の工事(第二種工事)及び公園、緑地、学校、官公庁など公共施設の清掃や維持管理等の補助的軽作業(第三種工事)の三つに分け、第三種工事を「高齢失業者等就労事業」の対象としていた。

四  その後、昭和四六年に中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法(以下「中高年雇用促進法」という。)が施行され、同法附則二条により、失対法は、中高年雇用促進法施行の際に現に失業者であって、同法施行の日前二か月間に一〇日以上失対事業に使用されたもの及び労働省令で定めるこれに準ずる失業者についてのみその効力を有するものとされた。

五  労働省は、昭和五一年四月からは、就労者を高齢や病弱などで体力の低いグループと一般のグループの二つに分けるとともに、失対事業を前者を対象とするもの(甲事業)と後者を対象とするもの(乙事業)の二つに分け、それまで第三種工事に就労していた者を原則として甲事業の、第一種及び第二種工事に就労していた者を原則として乙事業の紹介対象者とし、乙事業の紹介対象者が病弱などの理由で甲事業への移行を希望したときは随時移行を認め、また六五歳以上の者は随時甲事業への移行を勧奨し、甲事業から乙事業への移行は原則として認めないこととした。

六  労働大臣の依頼に基づき、昭和五五年には失業対策制度のあり方について大河内一男を座長とする学識経験者による検討が行われ、同年一二月に労働大臣あて「失業対策制度調査研究報告」が提出され、さらに、昭和六〇年にも氏原正治郎を座長とする学識経験者による検討が行われ、同年一一月に労働大臣あて「失業対策制度調査研究報告」が提出された。

労働省は、これらの報告を受けて、昭和六一年四月一八日付労働事務次官通達(発職第八三号)及び同日付労働省職業安定局長通達(職発第二一五号)により、紹介対象者を六五歳未満の者に限るとともに、その実施に当たっては、失対事業への就労によって長年にわたり生活を支えてきた就労者や事業の運営に与える影響等を考慮して、同年度は七〇歳未満の者のみを紹介対象者とし、それ以後は毎年一歳ずつ年齢を引き下げ、昭和六六年度に六五歳未満の者のみを紹介対象者とする旨の経過措置や、失対事業から引退する者に対する特例給付金制度等を設けた。

七  原告は、昭和三四年二月五日以降、追浜公共職業安定所(以下「追浜職安」という。)において、失対法一〇条二項所定の公共職業安定所長の指示した就職促進の措置を受け終わったものとみなされ、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている紹介対象者として取り扱われ、横須賀市が実施する失対事業に紹介されて就労してきたが、昭和六一年八月一日当時において満七〇歳を超えていた。

このため、追浜職安所長は、右各通達に基づき、同年七月二三日原告に対し、年齢要件を設定した趣旨及び失対事業からの引退に関して合計三二四万円の給付金が支給されること、希望すれば新たに実施される任意就労事業に就労することができること等を知らせたうえ、同年八月一日に同日以降紹介対象者から除外する旨を原告に告知した(以下「本件除外行為」という。)。

八  原告は、昭和六一年九月一三日に追浜職安所長のした本件除外行為の取消し等を求めて本訴を提起したところ、その後、昭和六三年三月二三日労働省令第四号により、職業安定法施行規則の一部が改正され(同年三月三一日から施行)、追浜職安所長がした処分は横浜南職安所長がしたものとみなされ、これに伴い、同職安所長が追浜職安所長に対する本件訴訟を承継した。

第四本件の争点

一  本件除外行為は行政訴訟の対象となる行政処分に該当するか。

二  一定の年齢に達したことだけを理由に紹介対象者から原告を除外した本件除外行為は、憲法二七条一項に反しないか。同項に反しないとしても、失対法の趣旨、目的に照らして違法ではないか。また、年齢による制限が不合理でないとしても、これを法律に定めることなく職安所長がすることは適応といえるか。

第五争点に対する判断

一  争点一(本件除外行為の処分性)について

前記当事者間に争いない事実のとおり、紹介対象者の制度は、職安が、失対法一〇条二項等の要件を備え、失対事業への就労を紹介することができる失業者を予め紹介対象者として把握し、紹介対象者には一暦月間について一括した長期紹介票を交付して特定の事業に就労させるというものである。これが就労各当日にその都度資格要件を審査し失対事業へ紹介することが事実上不可能で、事業主体の就労配置計画作成においても不便を生じることから便宜上取られた措置であることは、失対事業への就労紹介が日々紹介することを前提とするものであること、紹介対象者の制度が法令上の制度ではないことに照らし明らかであるから、このような制度が採用されたからといって、紹介対象者に対し、具体的事業への紹介を受けるべき法律上の権利が付与されたり、具体的な事業主体と紹介対象者との間に継続的雇用関係が生じたりするものではない。したがって、紹介対象者からの除外行為が、職安内部における各個の求職者に対する紹介斡旋方針の変更であるという面があるのは否定しきれないが、反面、失対法一〇条一、二項によると、一般の失業者が失対事業に就労するためには職安の紹介を受けることが法律上不可欠の要件とされているから、職安所長が行なう紹介対象者からの除外行為は、従来有していた失対事業への就労の機会を奪う結果になり、当該失業者に対し法律上の不利益を与えることになる。また、本来失対事業に対する紹介が職安における一般の職業紹介と同じく一つのサービス提供という面はあるにしても、紹介対象者からの除外行為は、職安所長が、失対法で認められた唯一の紹介機関という地位に基づき、一方的に公権力の発動としてするものである。したがって、本件除外行為は、行政事件訴訟法に定める抗告訴訟の対象たる処分に該当するものというべきである。

二  争点二(本件除外行為の合憲性・適法性)について

1  憲法二七条一項は、国が各般の施策を積極的に講ずることにより国民に労働の機会を確保するよう国政を運営すべきことを国家の責務として宣言したものであって、同項の趣旨に応えて、国が具体的にどのような政策を講ずるかは、立法府及び行政府が、その時々における経済的、社会的諸情勢について、高度の専門技術的な考案とそれに基づいた政策判断によって決定すべきことであると解される。失業対策を具体的にどのようにするかということも、こうした立法府及び行政府に委ねられた事柄であり、同項が直接国に対し、すべての失業者に失対事業への就労を確保することまでを要求するものではないから、原告に対する本件除外行為をもってこれが直ちに同項に反するということはできない。したがって、本件除外行為が同項に反する旨をいう原告の主張は理由がない。

2  職安所長は、その旨の法律の規定がなくとも、失対法と失対事業の趣旨、目的に照らし合理的と認められる限りにおいては、紹介対象者の範囲について一定の制限を設け、これに合致しない者を失対事業に紹介しないことも許されると解されるところ、本件除外行為は、この趣旨、目的に照らし、合理的なものと認められる。その理由は次のとおりである。失対法は、多数の失業者の発生に対処するため、失対事業にできるだけ多数の失業者を吸収し、その生活の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与することを目的として(同法一条)昭和二四年五月に施行されたものであり、同法に基づく失対事業は当初はその立法目的のとおり、一時的な失業者の吸収とその生活の安定に寄与してきた。ところが、次第に失対事業に従事する者が定着化、高齢化するようになり、特に、昭和四六年に中高年雇用促進法が制定され、同法附則二条により、失対法が中高年雇用促進法施行の際に現に失業者であって、同法施行の日である同年一〇月一日前二か月間に一〇日以上失対事業に使用されたもの及び労働省令で定めるこれに準ずる者についてのみその効力を有するものとされたことにより、新規に失業者が失対事業に参入することがなくなってからは、年々高年齢者の占める割合が高くなり(昭和六〇年度において、甲事業の全就労者に対する七〇歳以上の者の占める割合は四九・八パーセント、六五歳以上七〇歳未満の者のそれは二三・三パーセント、乙事業の全就労者に対する七〇歳以上の者の占める割合は三・一パーセント、六五歳以上七〇歳未満の者のそれは三〇・〇パーセントに及んでいる。)、様々な再就職促進の措置がとられたにもかかわらず、就労に耐えない病弱者の増大、労働災害、特に通勤災害の多発、重篤化、民間企業への常用就職者の減少、作業効率の低下、失対事業に参入しえない民間の高年齢者との不均衡といった弊害が生じ、法の所期の目的に合致しなくなった(証拠略)。

もともと、失対事業は、一般雇用へ移行するまでの一時的な就労のためのものであるところ、移行すべき一般の雇用においては既に定年制が設けられていることにかんがみると、以上の失対事業の実態のもとにおいては、その運営を適正化するために、引退する者に対する特別給付金支給等の補完措置をとったうえ紹介対象者を一定の年齢によって制限することは止むを得ないことである。そして、このことに加えて一般の雇用における定年の年齢をも考慮すると、昭和六一年度において七〇歳以上の者を紹介対象者から除外するということは、失対法及び失対事業の趣旨、目的に照らし、合理性があるというべきである。

原告は、失対事業は憲法二七条、二五条に由来し、労働権の最終的担保としての機能を果たすべきものであるから、経済性、効率性は度外視すべきであり、特に、高齢者の雇用確保が困難な現状においては生活保障の面からいよいよその役割が重要であるから、高年齢者を失対事業から排除することには合理性がないと主張するが、失対事業は経済性、効率性を主たる目的とするものではないとはいえ、労働政策としての事業として運営していくうえで、これを全く無視するのは相当でない。高年齢者の生活の保障は、年金等他の社会保障制度に委ねられるべきであり、失業者の生活はすべて失対事業で保障すべきであるとする原告の主張は、失対事業の趣旨を誤解するものといわなければならない。

したがって、本件除外行為が失対法の趣旨、目的に照らし、不合理なものであって、違法である旨をいう原告の主張は理由がない。

3  原告は、失業者は、紹介対象者とされることにより、職安に対して、継続的に労働能力に応じた就労の場を求める権利(紹介請求権)を取得し、その失対事業が継続する限り、事業主体に対して継続的雇用契約と同様の権利を取得するものであるから、その紹介対象者の権利を失わせることになるような年齢要件の設定は、法律の形式によらなければならないと主張する。しかしながら、職安が紹介対象者の制度を設けた趣旨は前記のとおりであって、これが職安との間に原告のいう紹介請求権を発生させたり、事業主体との間に継続的雇用関係を成立させたりするものではないから、右主張は、その前提を欠くものであり、この点で理由がない。

4  原告は、紹介対象者とされることにより、事業主体との間に継続的雇用契約が成立するから、その後に年齢要件を定めることは就業規則を一方的に不利益に変更するようなものであって、違法であると主張するが、紹介対象者と事業主体との間に継続的雇用契約が成立するものでないことは前記のとおりであるから、右主張はこの点で理由がない。

第六結論

以上の次第で、本件除外行為が違憲、違法であるということはできないから、これが違法、違憲であることを前提とする本件各請求は、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 小林亘 裁判官 山本博 裁判官 吉村真幸)

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